konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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遅ればせながら&キューバ

今更ですが、、、 明けましておめでとうございました。本年も宜しくお願いします。

ボストンでは雪も降らず、たいして寒くもなく、不思議と快適な冬を過ごしています。去年とは大違い。また、一昨年、 入学前に下見に来た時は30年ぶりの豪雪で、空港で立ち往生していたのを思い出します。地球はどうなっちゃってるんでしょう。

ケネディスクールでは1月2日から早々と授業がはじまっています。2週間、毎日朝9時から夕方5時半まで、 お昼のグループセッションも込みという濃密スケジュール。ケネディの看板授業の1つのリーダーシップという授業で、毎日、 だれかが泣いたり怒鳴ったり打ち明けたりと、なかなか精神的負担の大きい体験です。なんとか無事終わりましたが、 これを振り返って何か書けるようになるまでにはまだ暫くかかりそうです。(とはいえ、今週中にペーパーを書いて提出しないといけません)

さて、この授業の前、クリスマスから年末にかけて、しばし休暇がありました。これを無為に過ごすと次は夏まで休めなそうなので、 近場でどこか、ということでキューバに行ってました。

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キューバへは、アメリカからは行けません(メキシコ経由で入国します)。北朝鮮を除けば最後の社会主義国で、 今は安定して普通に旅行もできますが、病気のカストロが死んだらどうなるか分からん、というので、行くなら今だと言われます。

ケネディで科学技術政策を教える教授から、「キューバに行くなら、友達がいるからぜひ会っておいで」 ということで紹介してもらったのがカストロの息子氏。なにやら政府で技術政策アドバイザーをやっている科学者で、 核開発の技術をバイオテクノロジーに転用してキューバの医薬品業界立ち上げをやっているのだとか(こんなことやってます) 。そういう話にはMIT魂が激しく反応。夏に僕がマケドニアでやっていた国連の仕事の顛末を教授はよく知っていて、 それにも興味を持つだろうから話をしてあげて、とのこと。 ・・・結局、うまく連絡が取れず、会うことができなかった。無念。

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これは初日にホームステイした、一人暮らしのおばあちゃん宅の食卓。とても質素に見えるが、この国ではきっと豪華な朝食。 写真ではよくわかりませんが、調味料とかジュースの容器がいちいち古いのです。配給所かなんかで充填してくるんでしょうね。 日本人が前にも一度来たことある、といって、名刺をみせてくれました。壁にかかっているカレンダーも日本のもの。きっとおみやげでしょう。 シマッタ、何も持ってこなかった、、と反省。

(ちなみに、きっとこういう会話になっていた、というのは僕の想像です。ぜんぶスペイン語なので、、、ほとんど会話になってません)

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なんというか、いまだにこういうのを街の真ん中にどーんと掲示しているあたりがキューバっぽいです。

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お店(って呼ぶのかな・・・?)。街中にネオンとか広告の類はいっさいありません。

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なんともレトロな車が街中を走ってます。おそらく30年くらい、修理しながらだましだまし使っていると見え、 音とゆれと排気ガスはけっこうひどいです。

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この国でおもしろいのは、こんな政治・経済体制とはいえふつうにラテン系で、パレードやら歌やら踊りやらも街に溢れている点。 観光客は主にヨーロッパから沢山来ていて、観光客向けの商業経済圏も首都の旧市街を中心になんだか発展してます。

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昼間から飲んだくれてました。これはモヒートといって、ラムとライムとソーダにミントをいれたもの。涼しげでよい。

街を歩いていると、「チノ、チノ(中国人か?)」と声をかけられる。「ノーノー、ハポン!!」 と訂正しながら歩くのにもいいかげん疲れる。

革命博物館なる施設に行ってみる。いかにも、な歴史観が語られている。スペイン植民地時代からの独立にはじまり、アメリカ「帝国主義」 の介入、「英雄」カストロの革命、云々。だれそれを倒した弾丸だとか、 だれそれが身に着けていた血の付いた軍服だとかが誇らしげに展示される。一方、キューバ人はカストロの話をあまりしたがらない。英雄?  と聞くと、もごもご言っている。「独裁者だ」と言う威勢のいいのがたまにいると思えば、周りがみんなで「シーッ!」・・・ふーん。 そういう感じなのか。メキシコで暫く過ごした旅行者からは、「カンクンでカストロ死去のニュースを見た」という怪情報も。 キューバではもちろん誰もそんなこと言っていない。

キューバでは、というよりおそらくラテンアメリカ中で広く英雄扱いされるのは、昔も今もチェ・ゲバラという革命家(こんな人)。 紙幣にもコインにも顔が入ってたり、建物に顔がついてたり、そこらじゅうのおみやげ屋でゲバラグッズが売られてたり。 ゲバラTシャツを1枚買い、何気なくケネディスクールに着ていけば、ラテン系始めホウボウから突っ込みが入ったりする。

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昼は歴史に触れ、夜は踊りまくってあっという間のキューバ4日間。これはこれで楽しい休暇の過ごし方。旧ユーゴのマケドニア、 セルビア、ボスニアを周ったときに感じたのと同じで、こういう経済体制下の人達は貧しくても、 仕事観や人生観についてアメリカや日本と全然違った素朴なものをまだ持っているような気がする。楽天的かつ享楽的、一方で、 自力でいかんともしがたい世の中への不満足感がたまに見え隠れしたりもする。

ボストンに帰ってきて2週間受けた授業のトピックの1つは、歴史観とか民族の共有体験、抑圧、支配勢力への反発、義憤、 みたいな諸々の感情が行動の原動力になる一方で、価値観の境界を超えた協同が必要な際にいかに足枷となり、個人の行動を縛り、盲点を作り、 判断を誤らせるか、という話だった。知識としては知っているつもりの世界の歴史が、クラスメート同士でお互いの内面を探るなか、 個人や家族の直接体験を通じて、全く違った重みをもって感じられた。キューバで見聞きしたことも、 程度の差はあれ南米やアフリカで共有される歴史の一面なのだと思う。ちょっとだけ、 地球の裏側の友人達をよく理解できるようになった気がした。

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| | 2007-01-18(Thu)15:57 [編集]


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