konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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日本観いろいろ

ボストンに来て1年半たっても、いまだに「日本を再発見」、という瞬間がたまにある。最近の目ウロコをひとつ挙げると、「じゃんけん」 は日本発、しかも世界にけっこう広まっている、という話。

これは、授業のチームプロジェクトで役割分担決めをやってて気付いたこと。アメリカではコイントスがメジャーだけど、 日本には道具を一切つかわずに瞬時に勝ち負けを決められる、しかも運だけじゃなく心理戦の要素もあって奥深いこんなゲームがあるよ、 みたいな話をしたら、みんなちゃんと知っていた。

国によって微妙にルールが違ってたりして面白い。日本だと石、ハサミ、紙(グーチョキパー)のところ、中国ではハンマー、ハサミ、 爆弾だったり(なんとも物騒)、インドネシアでは象、人、アリだったり(なんとも平和)。象は人より強く、人はアリより強く、 アリは象の耳に入ってきて象を困らせるんだそうな。

フランス人にこの話をしたら、「そうそう、フランスにもある。石と、ハサミと、紙と、井戸」・・・なぬっ。井戸??

彼のいうところによれば、井戸は石とハサミには勝つ(これらは井戸に落ちる)が、紙に負ける(井戸がふさがれる)。 紙は井戸と石に勝つが、ハサミに負ける。石とハサミは、他と違って、1つに勝って2つに負ける。むむむ・・・。 単純に確率論で言えば2つに勝つ井戸と紙が有利で、井戸より強い紙を出したくなるものの、 ゲーム理論みたいに裏読みをやるとじつに複雑な心理戦になる。なんとなく、フランスっぽい・・・。

ちなみに、Wikiによれば、 じゃんけんは江戸時代に原型が中国から伝わって日本で改良され、最近になって日本の武道・スポーツやアニメ・ 漫画の世界展開にあわせて普及したとのこと。関東の秩父地方に「井戸」を含むローカルルールがあり、 秩父の人間がフランスにじゃんけんを伝えた可能性が高い、との記述まである。しかし、メード・イン・ジャパンなのだ!  という話をしても彼は頑として信じなかった。やっぱりフランスっぽい・・・。

おなじくWikiより、「日本ではじゃんけんだけの大会など馬鹿らしくて開かれないが、 近年じゃんけんが普及した地域では新知識にたいする感動が大きく、世界大会が開かれるようになった」とのこと。世界チャンピオンのサイトには決勝戦の動画もあり、 なかなか趣き深い馬鹿らしさに関心。

じゃんけんはともかく、ポリシースクール(KSG)で見えてくる日本は、ビジネススクール(Sloan) で見えてくる日本とはまたずいぶん違う。Sloanでは胸を張れることが多かったけど、KSGでは肩身が狭いことが多い、、、気がする。

(1)戦争の歴史の話とか、靖国の話なんかが一例かもしれない。同級生の韓国人Sは、その手の話をする相手の一人。 彼は情報通信省で韓国のIT戦略づくりをやっていた人で、興味分野が近く、同じ授業を3つも取っている。 日本のe-Japan戦略はどうなんだ、みたいな話をしてるうちは心中穏やかでいいのだが、授業の内容がそれっぽかった日には、 教室の外で一緒にタバコを吸いながら、ちょっぴり重たい話になる。

曰く「そりゃ僕らも、日本が昔に逆戻りするとは思っていない。けど、総理がまた靖国参拝、のニュースを聞くたびに、心の奥に、 恐れみたいな気持ちが残っていることに気付く」・・・いつもながら、あまり歯切れの良い答えは言えず。 自分の世代はこれこれの教育を受けている、こういう解釈の記事を読むことがある、くらいが関の山。日本の外交かくあるべし、 アジア諸国の協力関係をどうこう、なんて大それた話をする知識も関心も立場も持ち合わせてはいない。が、 そう正直に言うことにまた引け目を感じたりもする。このままじゃイカンなあ。

(2)関連して、日本人にとって天皇とは何か? という素直な質問も、答えに窮する。英国とかタイとかだったら、 とても明快な気がするのだけれど。以前でべその話で書いとおり、 Sloanにはタイ王室出身の同級生Pがいるが、彼女やその友人のタイ人たちを見ていると、なんとも伸び伸びしている。 毎年恒例の日本パーティー・カラオケ大会で去年、今年とも圧倒的な歌唱力を見せて優勝をかっさらったPは、 Sloanの歌姫としてすっかり人気者。夏にはアメリカのマッキンゼーでインターンをやっていて、どうだったのさ、と聞くと、 「面白かったけど、毎日チャート描きまくる生活もどうかなあ。うーん」と普通に迷っている。(彼女自身はあまり口にしないが) 他のタイ人によれば、国に帰れば彼女には身辺警護つきの窮屈な生活が待っている。こっちにいる方がずっと楽しそう、 ぜったいこっちで就職すべき、そう言うSloanのタイ人たちの間には、王室への敬愛と彼女への普通の友達感覚とが満ちている。

いっぽうKSGでは、タイの国会議員で大学教授で大財閥の会長、なんて人がMid Career Programに来ていたりする。 とても落ち着いた人格者風で、授業ではcontroversialな議論でクラスが混沌とする中、 礼節と謙虚さを重んじるべき旨を発言してアジア人一同の喝采を集めるような人。彼もタイ王室への敬愛は一貫している。 日本の皇室というのはどうなんだい、と聞かれると・・・。うーん。憲法上はこうです。論争あるけど国歌はこんな歌です。 シニアな人達の間ではたぶんこうで、若い人にとってはどうかなあ、歴史とか戦後の経緯もあって、最近はあんなこともあったし、うーん。 やはり、歯切れのよい答えは言えず。自分の感度が低くてよく分かっていないだけなのか、それとも日本がそもそもややこしいということなのか?

(3)国際社会でのプレゼンス、はたまた途上国開発に対する貢献、というのも、大きくて然るべき反面、それを示しづらいトピック。 KSGでは途上国側の開発当事者が、やはりMid Career Programを中心に (タンザニアの元首相とかエチオピアの農業大臣とか)大勢いるが、日本のODAなんてほとんど話題に上らない。このアフリカの両氏は、 貿易交渉の授業なんかで主に先進国側の立場から話をする教授に、途上国の立場で真っ向から物申す急先鋒。 WTOのドーハ開発アジェンダではアメリカとEUが農業問題で率先して結託してこんな提案。 対するアフリカや南米諸国は団結してこういう主張。あれ、日本は? ・・・とか。

科学技術と開発政策、という授業でも、両氏はチームを組んで、サブサハラ・アフリカの高等教育と起業促進施策、 というプロジェクトをやっている(おそらく、帰国して復職したら実際やるつもり)。この授業の教授は結構日本ファンで、 それだったら日本が最近始めた知のODAとか、 といった具合に紹介してくれるものの、イマイチな反応。うーん、タンザニア。1年前に行ったときは、 日本のODAでおっきな道路ができてたりしたんだけどなあ。因みにこの国は、自分が夏にやったUNDPの新イニシアチブ、GSB (Growing Sustainable Business for Poverty Reduction)の「発祥の地」でもある。 2年前からエリクソンとUNDPが組んで、タンザニアで携帯電話の格安共有サービスを始めたのが最初の成功事例だった。 現地駐在でこの案件を手掛けたのも日本人だったりする。元首相氏も、UNDPは概して良い仕事するよ、と高評価。しかし日本の印象は薄い。 うーん。なんでだろ?

(4)平和と安全保障。これは日本がどうこうというよりも、単に自分の感度が低すぎるだけかもしれない。 むしろ日本は世界に胸を張れる立場にいる、と言っていいのかもしれない。いや、どうかな・・・と思ったのは、これまたMid Careerでイラクから来ているO氏の話がきっかけだろうか。彼はイラクの国防省、情報副局長という立場。最初は、なぜ彼がここにいる (いられる)のか良く分からなかったが、伝え聞くところによれば、アメリカに転覆されたサダム・フセインの旧体制(スンニ派)でなく、 シーア派の親米家の人であるとのこと。イラクにアメリカ他、各国がしたことの是非は自分などには議論のしようもないが、 少なくとも間違いなさそうなのは、今のイラクがひどい内戦状態のまま、解決の糸口が見えていない、ということ。

いろんな人から今イラクで何が起きてるのかと聞かれて、これを見てくれ、 とだけ答える(violentな映像もあるので気をつけて、という但し書き付きで)。国の展望が見えない、という彼。 それ以上センシティブなことについて本音を言える立場ではないだろうし、聞ける訳もないのだが。夏にちょっと書いたけれど、 世界も日本の近所も、けっして平和とはいえない。日本はこの状況をどう考えるのか・・・なんて話は幸い、誰からもまだ振られたことはないが、 もしそう訊かれたら、自分は何か答えられるだろうか?

 


 

どこかで聞いた話で、海外に暮らす日本人の2極、というのがある。1つは、言葉の壁もあって非日本人と融和せず、 日本人同士で固まって非日本人と対峙するうちに愛国心が増幅される、というもの。もう1つは、 海外のいいところを見るにつれ日本へのネガティブな感情が増幅される・帰りたくなくなる、というもの。 日本観が固まってから海外に来た人はバランスよく日本を相対化できるか、そうでなければ2極のどちらかに寄る。帰国子女の人なんかは、 2極の間で揺れながら自分の日本観をつくっていくのだと思う。

自分は帰国でもなんでもなく、日本で27まで育ってから来たのだけれど、 いまだに中途半端に揺れながら日本観をつくろうとしているような気がする。ちゃらんぽらんと育って、 なんの思想も哲学もないままに社会人になった。日本の美しいもの・美味しいものへの感性も悲しいかな、元来鈍い。 仕事をするようになってからは、日本のものづくりをなんとかしたい、とか、それっぽく聞こえることを考えて、 それを追求しにここまで来たつもりだった。が、いざ来てみるとグラグラ揺れるんである。 まったく違う方面からの種々の刺激を受け流しながら思想を保持できるほど、芯の通ったものでなかったのかもしれない。思えば、 やっていた仕事も、郷愁は分かち合いつつ、ここについては古い考え方は捨てないといけませんよ、などと変化を迫る仕事だ。ほんとは、 古い考え方にいちど染まって脱却した人が言うべき台詞だ。自分は何かに染まったことがあるだろうか。

良いのか悪いのかよくわからないが、そういう内省を迫られる環境なのだと思う。スローンは、というよりMIT全般が、"Change the world", "Innovate", "Make it happen"と後ろからガンガン追い風を吹きつけて、 無から有を生み出し、加速度をつけようとする。一方、KSGは、あるいはHBSもそうだと聞くのでハーバード全般なのかもしれないが、「で、 けっきょく君は世界をどう変えたいのか?」と正面から問いを浴びせ、立ち止まらせようとする。毎日、 2つの場所を文字通り行ったり来たりしながら、よう分からんな、となっているのが今の自分であるように思う。

ボストンではぼちぼち寒くなってきて、震えながら外で喫煙する者同士の絆が深まる季節。 KSGでは件のフランス人も韓国人もイラク人もタバコ仲間である。明日はどんな話が飛び出すやら。

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お互い、ボストンに来て良かったねえ。

Y | URL | 2006-12-01(Fri)15:09 [編集]


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