konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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スコピエ道端にて

土日は旅行してばかりだったので、今回がスコピエで過ごすはじめての週末。自宅でちょっとだけ仕事の残りをやって、 あとは街をぶらぶらしたり、本を読んだり、新しい友達に遊んでもらったり。友達の一人は、近所に住む同年代のTedi。

彼と知り合ったのはマケドニアに来て最初の週。自宅にインターネット環境がないので、 帰宅してからのメールの送受信は外で無線LANの電波を拾ってやっている。道端でカチャカチャやっていたら、「おー、なんて小さいパソコン。 ちょっと見せてよ」と声をかけてきたのがTedi。

レッツノートといって、このご時世に部品から組立までメード・イン・ジャパンだ。どうだ軽いだろう、なんてやってると、 「うちに来てコーヒーでもどうか」と言ってくる。観光地だったら即サヨナラするところだが、ここはマケドニア。そう悪い人もいるまい、 と付いていってみたら、やっぱりいい人。Tediのご両親は英語も達者。そうか日本から来たか、といって、 喜びながらお父さんが見せてくれたのは、えらく年季の入ったソニーのラジオ。

曰く、これは31年前に買ったものだが、一度の故障も不良もない。以来ずっと日本製品のファンなのだそう。たしかにテレビもソニー。 うーん、と感慨に浸りながら隣のDVDを見たら、LG製だった。ちょっとショック・・・。

これ見てよ、とTediが奥から持ってきたのは、ネットでダウンロードしてDVDに焼いたという黒澤映画。 言葉は分からないけど映像が好きでよく見るのだという。映画鑑賞しつつ、食事までご馳走になって、すっかり家族団らん。 しかしマケドニアにきてサムライスピリッツの解説をすることになるとは。

さて。暇だったらいつでも電話して、と言ってくれていたので、お言葉に甘えて週末の午後にお付き合いいただく。 Tediのガールフレンドも来てくれた。もっとも、この街で遊ぶといっても街中のオープンカフェでおしゃべり、くらいしかない。

会計士をしている彼女は、マケドニア人は価値観を変えなければいけない、という。親の世代の頭の中はまだ社会主義。自分の目標をもつ、 成功に向けて努力する、そんな考え方を知らないで戸惑っている。ユーゴから独立して13年、市場経済になり、国有企業は民営化され、 外資に買われたと思ったら合理化だといって人減らしをする。私は仕事が楽しいし、同世代の価値観は変わってきていると思うけれど、 上の世代は努力をしないで歴史に恨みつらみを言うばかり。

今、公式な失業率は38%(!)で、貧富の差は広がる一方。人口200万人、一人当たりGDPが年間20万円の国で、 再教育なり手厚い社会保障なりも望むべくもない。人はそう簡単に変われないのだとすると、 世代交代するまで自律的な経済発展はむずかしいのだろうか。

Tediは化学メーカーで働いている。仕事が楽しいかと聞いてみたら、答えはノー。研究者になりたくて大学院までいって勉強したのに、 今の会社にはラボがない。研究開発を自社でやっている大企業なんてこの国にいくつあるだろう。 原材料を輸入して簡単な加工をして安く輸出してるだけ、これじゃ伸びようがない、そういって嘆く。

意欲と能力がある若手に機会を提供できなくては企業の成長も経済の発展もない。MITの寮に沢山いる、 途上国出身の研究者の卵たちの顔が浮かぶ。彼らの多くは卒業しても国には帰らないのだろう。彼らに機会提供して、 その創意工夫の成果を手にするのはアメリカだ。

この間ベオグラードで会ったGSBインターン仲間のNickは、GSBでは珍しいアメリカ人。 現地の人とセルビア語で話すのでびっくりしたが、聞けば父がセルビア人で、母がポーランド人。 自分が生まれる前にアメリカに移民した父の国を見たくて、セルビア行きを志願したという。アメリカで大学を出て、 ゴールドマンサックスとマッキンゼーで働き、今は仲間と作った会社のCFOをやりながら、ハーバードのケネディスクールで学んでいる。 卒業してもセルビアで仕事をしたいのか、それともアメリカか、と聞いてみると、しばし沈黙の後、「自分の祖国はアメリカだと思う」との答え。 やっぱりそうか。

Nickとはいつも、いくつかある産業育成アイデアの1つについてSkypeで議論している。 この地域一帯のどの国でも最貧とされるロマ人(ジプシー)が末端で多く従事している、キツイ・キタナイ・キケン系産業。 非効率と中間搾取のカタマリみたいな構造になっているが、業界としての成長余地はじつは大きい。 少数民族が格段に貧しいというこの地域特有の問題から、主にアフリカ、アジアでやってきたGSBの中では過去の取り組み例や知見が全くない。 そんな業界の将来展望をかすかに感じさせる事業を手がけるロマ人起業家がベオグラードにいて、英語も話せる・・・その人に会いに行くのが、 セルビア出張の目的の1つだった。

マケドニアでは、ロマ人の失業率は80%に達している。6-7割が初等教育も受けず、物乞い、ヤミ市、非公式経済が生活圏のロマ人が、 会社を作るなんてこと自体ほとんど有り得ない。ベオグラード郊外のスラム街にある工場兼オフィスを訪問してみると、 不思議な姿形のソファーに目がとまる。腰掛けてみると、シートベルトがついている。ああ、飛行機のエコノミーシートだ。 粗大ごみ廃棄場から掘り出したのだろう。コーヒーを出してくれたのはいいけど、きっとこのコップも・・・。 気が進まないながらも頂きながら話をきく。ロマ人が起業するといって相手にしてくれる金融機関なんていないはず。 どうやって設備投資の資金を調達したの? という質問は、ただ笑ってかわされた。

価値観も風習も全然違うロマ人と、関わりたくないと思っている人は多い。Tediたちは、 ロマ人は機会に恵まれない人達だから支援しなければ、と昔は思っていたという。そんな考えも、 あるNGO主催の貧困削減ワークショップに参加して、ロマ人の「リーダー」たちと対話するという経験を境に変わってしまった。 理屈が通じない、人をだますことしか考えていない、恥という概念がない・・・。ロマの子供は小学校に来ない。 お金がないから来れないんじゃない。男の子は16歳、女の子は13歳で結婚して子供が産まれる。そんな家庭に育てられて、 小学校に入る前から教育を拒んでいるのだ・・・。川辺に座ってそんな話を聞いていたら、ロマ人のおじさんがふらふら話しかけてきた。 言葉は分からないが、僕のタバコを指差して何か言っている。1本あげてみたら、黙って向こうに行き、別の人にまたタバコをせがんでいる。 ほらね、と言わんばかりのTedi達。

街が見渡せる丘に登る。大昔に建てられた砦があって、向こうの山には相変わらずでっかい十字架が見える。 リオデジャネイロみたいでしょ、と得意げなTedi。うーん。ホントかウソか知らないけど、 あれはマケドニア人からアルバニア人へのメッセージだと聞いたけど? 言葉を慎重に選んで聞いてみたつもりが、迂闊な発言。 Tediの彼女が声を荒げる。そんなのは彼らの政治論争でしょ。彼らにだってモスクがあって、毎日行ってお祈りしてる。 ロマ人の話題さえ終始和やかだった彼女も、アルバニア人となるとそうなのか・・・。根が深い。山に囲まれたこんな小さな平和な街で、 人は皆親切だけど、民族間の反目や恐れはまだまだ消えないのだ。

日本が戦後の発展を遂げたのは奇跡だと思う一方で、島国で人が皆同じ、という好条件がはじめから整っていたという気にもなる。 そんな条件がないヨーロッパは、ドイツのナチスにしろ、ユーゴ分裂後のボスニア戦争にしろ、おぞましい民族浄化の末に今の姿に落ち着いた。 いや、落ち着くのはまだまだ先だろう。今年になってセルビアとモンテネグロの分裂が決まり、コソボという火種も抱えたまま。ではアメリカは?  問題山積とはいえ、仮にもあんな規模で他民族が融和して成功した国はほかに思いつかない。誰でも経済的に成功する機会が得られるから・・・ 皆そう言う。だから、GSBは民間の経済原理を信じて援助でなく投資誘致をやるのだ。理屈ではわかる。しかしこの現実の難しさ。

Tebi達と別れて家に帰り、また電波を拾いに外に出る。道端でカチャカチャやっていたら、 今度はロマ人の子供が2人ばかり寄ってくる。まだ小学校にも上がらないくらいの年。モップとスポンジを両手に持ったこの子は、 信号待ちの車の窓ガラスを拭いては小遣いをもらっているのだ。パソコンを見て目を輝かせる。あ、いやいやパソコンの画面は拭かなくていいよ、 かえって汚れるから。英語が通じないと知りつつも、学校には行っとけよ、などと言ってみる。物乞いの空ろな目ともスリのすさんだ目とも違う、 いい顔して笑う。

この子たちが大人になる頃、もっといい社会になっていることを願いたい。

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久しぶり、今日は会社のカレンダーで休み、五連休だ。ということで、いろいろとネットをみていた。コンペイの文章をじっくり読ませてもらた。まったく、長い旅をしてるな。興味深い。日本では中田ヒデの引退ショックから極楽とんぼの山本がわいせつ問題でクビと話題は豊富だ。俺はこつこつサラリーマンしてるけどね。次の話題を楽しみにしてるわ。

イチタニヒデキ | URL | 2006-07-19(Wed)12:22 [編集]


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