konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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近隣国行脚

コソボから懐かしのマケドニア、そしてアルバニア、ブルガリアと、近隣諸国を行ったり来たりしてます。人をつなげたり、 ネタを仕入れたり提供したり、案件を詰めたり昔話をフォローアップしたり、飲んだり食べたり踊ったり。

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一昨年は接近しつつも超えられなかった国境を今回は越えて、 やっと足を踏み入れたアルバニア! KSGのクラスメートのアルバニア人女子Sが帰国していて、早速案内してもらう。 卒業後はどうするのだろうと思っていたら、コソボのICOの経済財政部門からつい最近オファーが出たという。 それって僕のやってることの続きじゃんか。安心して去れるので、取り敢えず喜んで祝杯。

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首都ティラナは不動産投資ブームみたいになっていて、新しい建物にも古い建物にも、やたらパステルカラーな色使いが目立つ。 旧共産主義の陰鬱なイメージを刷新したい新市長の好みなのだとか。

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コソボではアルバニア系住民から目の敵みたいにされ、破壊されまくっているセルビア正教の教会が、 アルバニア本国では後生大事に保存されていたり。なんだかおかしいですよね。

street

ティラナから南へ2時間ばかり足を伸ばすと、つい数ヶ月前にユネスコの世界遺産に指定されたばかりの小さな街が。 まだ観光開発が始まったばかりでナビゲーションに難ありまくりではあるが、ギリシャのミコノス島を思い出させる白い石造りの町並み (山肌沿いに綺麗に立ち並んでいて「千の窓」と呼ばれている)、古い教会とか博物館とか見所も多く、 首都から日帰りで来れることもありポテンシャルは大。

restaurant

昔マケドニアのUNDPで大変お世話になった副所長氏が、 今はアルバニアのUNDPにカントリーディレクターとして移ってこられていて、またも大変お世話になる。 ティラナで一番しっかりしてるという中華のお店にお連れいただく。たしかに、このクオリティのお店はコソボにもマケドニアにも無いよなあ。

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マケドニアのスコピエからバスに乗ること6時間、はるばるやってきたブルガリアの首都、ソフィア。 これまたMITのブルガリア人同級生Vが帰国していて、さんざん遊んでもらう。彼女は地球を持続させる系の志を共有する大事な仲間で、 秋からドバイ/アブダビの国有投資ファンドに参画予定。ただでさえ有り余るオイルマネーが価格急騰でだぶついてるのを、 ソーラーパネルの研究開発投資とか環境保全プロジェクトに回して更に儲けよう、みたいな、因果だけど大事な仕事。 コソボはなんと欧州最大の石炭埋蔵量をもつとされている。長期的にEU市場への電力輸出も視野に入れて電力セクターが熱いので、 ごにょごにょ、みたいな話も。

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この国で唯一みかけた日本語、「さるも市からおちます。」 うーん・・・、惜しいというか、何というか。

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Vのお友達の結婚式にまでお招きいただく。知らない人だったけど、聞けば新婦はワシントンDCで世銀に勤めていて、新郎は (最近物騒な)グルジアで何やら勇敢な仕事に従事していたアメリカ人。新郎新婦のご友人一同、 開発系とか平和構築系の人がはるばる世界中から集まっている。「コソボでstate buildingプラス経済開発とくに民間セクター絡みをやってます」、みたいな自己紹介が長大な背景説明無しですんなり通じて、即、 議論が盛り上がるというかなり珍しいセッティング。

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ブルガリアンおよびアメリカンな曲やら食やら織り交ぜて、宴は朝方まで続く。

あらゆる局面で満足しまくったブルガリア訪問だったのだけど、 アメリカや西欧から訪れる他の友人はブルガリアに結構フラストレーションを感じて帰るということらしく、Vは訝しげに僕に尋ねる。 「この国のどこがそんなに楽しいわけ?」 そりゃあ、夜中に銃声で目を覚ますこともないし、 山道歩いてても地雷のサインに気配りしなくていいし、魚を食べても川の重金属汚染とか心配しなくていいし、最高じゃん! 「・・・(沈黙)」

そんな訳でコソボに帰ってくると、それなりにストレスを感じる場面もあるわけだが、国連DPKO(平和維持活動局) から国連コソボ暫定行政ミッションとかに来ている連中は、じつに伸び伸びしている。この国のどこがそんなに楽しいわけ? 「えっ。 DPKOの中じゃコソボは通称『5つ星ミッション』よ。だって、イラクとかアフガンとかスーダンだったら、あんなこととか、こんなこととか。 」 ・・・(沈黙)。いやあ、ポストコンフリクト開発の世界は広く、そして深い。

*  *  *

直接的な仕事の中身もさることながら、この小旅行を通じたいろんな観察や議論は、 地域単位で歴史と政治と経済を診るとてもよい機会になった。面白かったポイントをいくつか書き留めておく。

1.EUと周辺国と世界の関係。コソボにしてもセルビアにしても、不安定な内情をEU加盟という対外目標で何とか抑え、 国内改革を加速しようとしている。マケドニアはEU加盟候補の地位も得て、ギリシャとの間の国名問題はあるが他に一歩先んじている。 アルバニアは、長年鎖国していた経緯から国内が比較的安定していることもあってか、 急いでEU加盟というよりは自力でできることをマイペースでやろう、という雰囲気。一方、去年念願のEU加盟を果たしたブルガリアでは、 物価はEU水準に急騰したが生産性は追いつかず成長のペースは落ち、加盟前は潤沢にあったEUの大規模開発援助は来なくなり、 政治的にも改革モメンタムは潰えて汚職が目に付くようになった。もしもEU加盟を目指していなかったら今頃どうなっていたか、 という思考実験はしてみたほうがよいにしても、ナイーブなEU礼賛に走りがちなコソボ(アルバニア系)は、 ブルガリアが直面するEU加盟後の不振をどう見るべきなのだろう。そんな将来の可能性まで考慮に入れて備える、ということは可能なのか。

ブルガリアでさえ14年かかったEU加盟の道程はコソボにとってはもっと長くなる可能性もあるが、 今でさえ実体経済と離れ気味のユーロの評価とかEUの国際社会に占める地位は、 コソボが加盟する頃には全く違ったものになっているかもしれない。 EU主要国の高齢化とか医療費の問題なんかが今の日本並かそれ以上に深刻化している一方、新規加盟国(およびトルコ?)はそれなりに発展し、 新加盟国から旧加盟国への人口移動も進んでいるかもしれない。それまでの10年あるいは20年、 コソボが国内問題に取り組むには充分長いように見えるけれども、日本も簡単に10年失ってしまったし、 コソボもセルビアへのNATO介入から独立宣言まで、大して中身の進歩がないままに既に10年近くかかっている。うむー・・・。 自分はそんなことより、 10年後の日本とアジア諸国の関係(とくに中国)とかを考えたほうがいいのかもしれないが、これまた、うむー、 としかいえない。

ちなみにこれに関連して、次に読もうと思っているのはこの本で、 米国一極体制から米、EU、中国の3極体制への移行を予測している。米は安全保障と援助で、EUは政治改革と経済提携で、中国は無条件・ フルサービスの関係構築で世界の地政学なマーケットシェア争いを繰り広げる、という主張。著者は弱冠30歳ながら、フランシス・ フクヤマの歴史の終わり、サミュエル・ハンチントンの文明の衝突に続いて米国の対外政策筋に衝撃を与えた本といわれている。 出版のタイミングからしても明らかに次の大統領の外交政策を睨んでいるけっこう大事な本だと思うのだけれど、まだ邦訳はない。米については、 各大統領候補が打ち出している対外政策をこの主張に沿って見返してみると面白そうだし、EUについても、 コソボのEUミッションにブリュッセルから入ってくる話からこの本が言っている事をぜひ吟味してみたい。普段日本人がなかなか立ち入れないEU運営の中の世界を見られただけでも、 この夏は大変貴重だった。でも、次は中国(がアフリカに対してしてることとか)を中から見たくなるんだろうなあ。 やっぱり言葉ができないとダメかなあ。

2.歴史観と国際政治の関係。マケドニアにいた頃には思いもよらなかったことだが、 マケドニアとブルガリアの関係はコソボとセルビアの関係に似ている。ビザンツやらオットーマンやらに占領され、ロシア・ トルコ戦争を経て独立を勝ち取ったブルガリアは、その後の国際協議でオーストリア・ ハンガリーが口出ししたりして国土の1/3を取り上げられたということだが、その失った1/3が今のマケドニア。 「あの美しいオフリドも、 元はといえば私たちが作ったのに」。とはいえ、コソボみたいに血みどろの歴史を経て分離独立された訳ではないので、 マケドニア人とブルガリア人の関係はそれほど悪くはない。むしろ、「平和に暮らしていたブルガリアに踏み込んできて、 散々酷い仕打ちをはたらいたトルコ人」への反感がいまだに強い。「トルコをやっつけてくれたロシア」への友愛の念も強い。 大戦中はいつもドイツの側で戦ってついには負けてしまったが、ナチスの意に抗してユダヤ人をかくまったブルガリアへの「恩を、 イスラエルは決して忘れないはず」。・・・暗い共産主義時代の過去を清算してEUの一部になった今でも、こういうことの一つ一つが、 国民感情とか外交政策の土台にある。

これらは皆、国立歴史博物館を見て回りながら熱っぽく解説を加えてくれたクラスメートのVの台詞。もちろん、 こうした見方は特定の立場から史実の一部を切り取って綴られた物語だという自覚も同時に持ち、そういう自分を省察できる賢い人であるので、 「ほら、歴史はいつも誰かを嫌うために教えられるでしょ」と、名言っぽいジョークを言ったりもする。けれどやっぱり、 受け継いだ歴史観から自身を切り離してマケドニア側史観も共有し見比べながら議論するようなことは難しいのだ。歴史の力、恐るべし。 物理が工学を支えるのと同じように、歴史が政治を支えるのかもしれないね、と思いついたことを言ってみたら深く同意していた。 ビジネススクールの同期との会話には、授業の記憶がまだ色濃いこの時期、戦略とかマーケティングとかの比喩もよく登場する。 国にとってのナショナリズムは、企業にとっての(ソフトな属性で提供価値を上げ特定集団への帰属意識を生む)ブランディングと一緒だ、 みたいな、妙な結論に行き着く。

3.帰属意識とアイデンティティと仕事観の関係。ロシアの影響が強いブルガリアには、 アメリカとかイギリスとかドイツなんかが、大使館とは別に自国文化の流布のためのけっこう充実した施設を設けている (きっと他の旧東側諸国にもあるのだろう)。 Vは早くからイギリスのそういう施設に出入りして英語を学んだが、 ヨーロッパ系の大学院に行く同世代が主流な中でアメリカの大学院に来て、卒業後はドバイに就職、という経緯を辿っている。 歴史と伝統に拘泥するよりも未来の可能性をオープンに誰にでも提供する国が「好きだ」という彼女は、 僕が超えないと決めた境界を越えた人のように見える。逆に、 同種の志向と経験を持つ同年代の集団の中で自分にはどうやら日本人であること位しか差別化要因がないので、 ゆくゆくそれを有利に使えるような動き方をしたい、という僕は、彼女から見るととても不思議らしい。

Vにとっては、強力な物語に彩られた母国ブルガリアのブランディングにも打ち勝つほど、 アメリカのブランディングが強かったということなのだろうか。一方、ろくに自国の歴史も勉強せず司馬も読まず、 むしろ天の邪鬼に避けてきた感もある僕には日本のブランディング努力が効いているとは思えない (オリンピックも日本の戦いぶりとかには全く興味が沸かない)。また、 学校とかフルブライト経験とかで散々アメリカのブランディングは浴びたし、それなりに好きにもなったが、 振り返ってみるとそういうものを客体化する術も同時並行で学んでしまっていた。結果として国への帰属意識ということについては、 まことに浅いというか根無し草のような感じがしてしまう。

とはいえ、技術者魂だとか製造業企業の途上国での役割みたいに、日本の特定の側面は仕事のアプローチに強く反映されている。「ああ、 あなたもそういう問題意識で動いてますか」という出会いがあると、「おお、きみも富山県出身か」みたいな時より俄然、気分が高揚する。 勤務先M社への帰属意識(より正確には価値観や行動規範や技能水準が共有されていることに感じる心地よさと、逸脱に対して感じる心地悪さ) なんかも強力で、 3年離れている間に人が変わっている寂しさとか、組織が変わっていることに感じる違和感に自分でびっくりしたりする。 あるいは、留学中は複数学校をせわしく行き来したためか、たんに同窓生ということ自体に強い思い入れは感じないが、 同じ問題意識に基づいて一緒に密に活動した学校を跨ぐグループがいくつかあり、地球の裏側にいても困ったらいつでも助けになるよ、 といえる相手は大体その中にいる。

要するに国とか地域とか同窓生とか組織とか組織を超えた共有価値観とか、あるいは家族とか、 いろんなレベルでの集団への帰属意識があるということと、どのレベルの帰属意識が支配的かは人によって違うということ。 どの集団に対して自己同一化するか、というのが言葉どおりアイデンティティの意味でもあるし、自分がどうあれば幸せか、 (誰を幸せにすれば自分も幸せか)はアイデンティティ(誰に自己同一化するか)に直結するので、 幸せになりたければ自分の帰属意識がどうなっているかについての理解は必須だと思っている。と、 ここまでは当たり前と思っていたことなのだけど、今回新しかったのは複数レベルの帰属意識の相互依存な感じとか、 支配的な組み合わせが実に動的な感じ。Vは国についての帰属意識は固くかつ柔軟でいて、共有価値観をやたら強く定めているが、 一方で大事なパートナー(職業的にはだいぶ違う方向)がいて、ふたりは双方に適応しつつ、飽くなき全体最適解を求めている。まあ、 家族があっての仕事、とか言ってしまうとこれも当たり前なのだけれど、 最適化するにも変数の数がこれまで僕が多く見聞きした普通の状況よりはるかに多いのに全くめげず、 貪欲に精巧に調整と決定を重ねている様に感銘を受けたのでした。やっぱり、変な妥協とか犠牲はいかんよなあ。

4.地域内・超地域の政治経済区分。アイデンティティの話を続けると、バルカンで特徴的なのはやっぱり、 国単位の帰属意識が極端に薄いこと。自分はコソボ人だ、と思っているコソボ人はほとんどいない(アルバニア人、セルビア人、 あるいはその他諸々、という意識)。マケドニアもそれに近い。一方、ユーゴスラビアは無くなったのに、 民族的に混ざりすぎてユーゴ人という以外に形容しようのない人もいる。この辺が、 同じ多民族国家であっても自由と民主主義と個人に開かれた機会、という国是が民族宗教を超えて共有価値観になっているアメリカとは全然違う。 そんな国単位でさえまとまってない連中が、国を超越したヨーロッパなる共有価値観の傘のもとに次から次へとEUに加わるという挑戦には、 単なる経済連携や段階的政治統合よりずっと重い意味がやっぱりある。

さて、西バルカン(あるいは南東ヨーロッパ)では、EU加盟済みの新メンバー(ギリシャ、スロベニア、ブルガリア、ポーランド、等々) に四方を囲まれながら、未加盟の諸国が各々の国内で緊張感を残したまま、周りに取り残された格好になっている。こういう国々で、 資本蓄積とか雇用創出とか技術移転とか地元裾野産業育成のためには海外直接投資が効くのだけれど、国が投資を呼び込むためには、 企業にとっての商品マーケティングと同じく、国際企業が自国をどう見ているかの事業環境マーケティングが欠かせない。 民間資本が自ら進んで入りたがるだけの環境が整っていない国ではIFC(世銀・国際金融公社) が多国籍企業と地元企業のジョイントベンチャーみたいな案件の呼び水・媒介役を果たすことが多いので、IFCと話をしていると投資家が国・ 地域をどう見ているかがよくわかる。

あちらこちらでIFCとか潜在投資家と話をしていると、次のような西バルカンの政治経済3区分が浮かび上がってくる。1)クロアチア、 ボスニア(-スプルスカ共和国):政治的にも安定、明らかに地域の経済成長の「center of gravity」。サービス業に強み。 2)モンテネグロ、セルビア(+スプルスカ共和国):若干不安定だが親EUのセルビア新政権は「on the right path」で、 若干の製造業の蓄積もあり投資先としての魅力は次点。3)マケドニア、アルバニア、コソボ:国境を超えて民族間の緊張が色濃く残り、 政治不安が最大のネック。EU市場向け製造拠点に向くほどの教育レベルは達成していないが、 多数の海外在住アルバニア系人からの送金を背景に、新興消費者市場としては魅力あり。・・・多国籍企業および地域内の大企業は、 各々の戦略とか既にもつ地域内プレゼンスに沿って、1)2)3)の小地域のどこにどういう順序で張るか、各小地域内のどの都市に張るか、 という視点で考えている、とのこと。コソボはやっぱり旗色が悪い。コソボ政府は対外売り込みに余念がないが (法人税10%に引き下げとか法人設立までの手続き簡略化とか)、投資家からみたらそれってマケドニアとかと同じなわけだし、小地域3) に出るにしてもスコピエ(マケドニア)よりプリシュティナ(コソボ)を選ぶ明確な理由って無いよなあ。ミトロヴィツァ(コソボ北) に限っていえば、1)から他小地域を睨む消費者系企業にとっては2)3)の両方にアクセスする拠点になり得るのだけれど、 まあ政治情勢は最悪だしなあ。

そして、経済力と政治情勢に加えて投資見通しに大事な役割を果たすのが言語能力とか帰還移民みたいな共有アイデンティティに絡む要素。 とくにコソボでは、越境移動が多いアルバニア系(行き先としてアメリカ、ドイツ、スイスが多い)で海外で成功した人が独立に喜んで、資金とアイデアを携えて戻ってくる、 みたいなことが起きる。ドイツで出稼ぎしててドイツ語が流暢、みたいな人もやたらいる。アルバニア、 コソボおよびマケドニアのアルバニア系住民にとって、 こういうコネクションは経済的観点だけから見れば明らかにハンデを抱えた事業環境を補って余りある資産。

なのだが・・・これに輪をかけて、国際政治事情が更に大きなハンデを生んでもいる。つい先月、イランのテヘランで「非同盟」 諸国の会合が行われていた。これは冷戦期に東西どちらの陣営にも組しない、という国々が集まってはじめた裏国連みたいなもので、 今は中国含む118カ国が参加し、アメリカや西欧諸国のアジェンダにどう対抗しようか、の議論が盛んに行われている模様 (気候変動とか核問題とか)。今年はセルビアが「コソボ独立阻止」を訴え、一定の賛同を得たとのことで、これを受けて、 セルビアはいよいよICJ(国際司法裁判所)にコソボ独立の合法性を問うケースを提出する手続きを開始した、 という一報をブルガリアで受ける。この非同盟の初回会合はもともと、 ユーゴスラビアのチトーが旗振り役で1961年にベオグラードで行われたもの。何たる因果。EU加盟を目指しているはずのセルビアが、 EUの主要国がこぞってコソボを承認する中でそれを覆す動きをとることが、あきらかにこの地域に対する不安要素を増している。 そして追い討ちをかけるように、先日のロシアによるグルジア侵攻。南オセチア自治州の独立問題をどう扱うか、についてロシアがコソボ独立の 「前例」を逆手に取りうることはある意味予測可能だったのだけれど、これに対する国際社会の反応が割れていることが、 ますます投資家を遠ざける要因になる。ということで、ここ数週間はコソボにとって風向きがあんまり良くない。

そんな議論のあと、コソボに戻るバスの中で読んでいた本がこれ。 ハイフェッツ授業で1章分だけ読み物リストに入っているグループダイナミクスの古典なのだけど、全体を通して読み直すとつくづく味わい深い。 たとえば「集団が直面する不安やチャレンジが各メンバーの昔の苦い記憶を呼び起こし、 個人が決着をつけられていない問題に過去に遡って取り組まないといけなくなるために、 集団が今そこにある問題に正面から取り組む能力が落ちる」みたいな現象を分析している(regression:回帰)。これは、 個人と小集団との関係に限って言えば家族関係の原体験なんかに行き着くのだけれど、国・ 民族と国際関係のレベルでは歴史観とか共有アイデンティティの話になる。日本とアジア近隣国の関係の背後にはいつもこの問題がつきまとうし、 欧米主導の国際機関がアフリカで開発プロジェクトをやる際によく植民地支配の歴史が想起され反発を生んでしまうのも同様。中国が最近、 資源をねらってアフリカに投資・援助を集中させているが(その効果がどう現れるのかは引き続き注視したいのだけれど)、 そこでは全く違うダイナミクスが生まれているのじゃないか、と想像している。西バルカンおよびコソボ周辺国が、 逆風の中でもEU加盟の文脈で発展するためには、どんな開発努力および商流形成が求められるのだろう。

5.政府と現地企業と国際企業の関係。海外投資呼び込みの際にはよく「外資が技術や経営ノウハウを持ち込み、 現地企業がローカル市場知識を補完するパートナーシップ」みたいな謳い文句がつくが、一方で「現地有力企業が表に裏に政府に食い込み、 自社のポジションを守るために外資導入に必死に抵抗」という現実も、特に政治腐敗を追放しきれない途上国にはある。 ちゃんと改革を進める国には長期で地元経済の成長に貢献しながら自社のグローバルのバリューチェーン強化を図りたい企業がやってくるし、 せこい取引条件で自身の短期利益ばかり追う国には相応の企業しか来ず、雇用創出とか市場創出は望むべくもない。 そういう当たり前の利害調整に立ちはだかるのは、短期で政権維持のプレッシャーで動く政府と、 10年20年単位の投資サイクルで動く国際企業のギャップ。西バルカンみたいに政情不安定な地域では、このギャップはことさら難題。

マイケル・ポーターが力説していた、コスタリカの事例がまた頭をよぎる。 インテルの後工程工場を誘致して国内に一躍ハイテククラスターを築き上げたという話。大統領自らトップセールス、 CINDEという極めて組織能力の高い投資誘致機関の活躍、 USAIDがそういう政府の投資誘致能力の構築に重点を置いて中南米で長く展開していた支援プログラム・・・いろんな要因に加えて、 「優遇措置はしません。貴社が望むことで我が国に必要なことは何でもしますが、ぜんぶ法制化して他企業にも適用します」 という一貫した政府の姿勢が信頼度を増した。座学でケースをやっている分には納得、全面同意だった話が、 混迷した現実を前にすると望みようもない奇跡のように思えてくる。うーーーん。

*  *  *

コソボ滞在もあと3週間。そろそろ纏めに入る時期です。

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