konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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牢獄リーダーシップ?

レバノンツアーは文字通り「国の四方を巡り」、いろんな人と会い続ける毎日。

卒業前に遠い世界にちょっと寄り道、だったつもりが、いろいろ発見。ずっと前、利根川先生に話を聞きに行った時、 「寄り道すれば驚きがある」と教えてくれたことをふと思い出す。思索のタネは、たしかにどこにでも転がっているものです。

右/左、キリスト教/イスラム教、スンニ/シーア、プロ・シリア(反欧米イスラエル)/反シリア(欧米寄り)、 いろんな人がいる中でも、とくに印象深かった会談はサミエル・ジャアジャア(wiki)氏。

Samir_Geagea

目つきからして、見るからに怖そうなおじさん・・・この人は内戦時は民兵組織のドンで、 イスラエルとの協業を巡ってキリスト教勢力を2分した争いの中で反対勢力を容赦なく闇に葬り、いろんな暗殺事件への直接の関与を噂された人。 内戦終結の際に(シリアの実質支配下の新政権から)戦犯として死刑判決を受け、牢屋で11年間過ごし、 2005年の革命後に釈放されて今は政権政党の党首をやっている。。。とのこと。事前の読み物情報から 「こんな人が政権の中枢にいられる国って是如何に?」という感想を抱きつつ、会談に臨む。

首都ベイルートから車で1時間強、ゲリラみたいな民兵組織から政治政党に形を変えているLebanese Forceの本部を訪問。 自然の要塞みたいな立地で、銃を持った人たちが厳重に周囲を守っている党本部というのも是如何に。親分との面談の前に、 この党に所属する閣僚メンバーとか政策秘書みたいな方々とブリーフィング。これが俺達の世界観だぜ、とばかりに説明してくれたのは、 どこかで聞いたような話・・・曰く、自由世界はテロとの戦争に直面していて、レバノンはその中心地で、ヒズボラはイランの「革命の輸出」 の産物で、われわれは自由と民主主義を愛していて、あいつらは悪の枢軸だからやっつけないといけない、、、云々。単純かつ一方的な構図は、 アメリカ人学生も(ブッシュ政権が嫌いな人が多いので)眉をひそめる程。

イランとシリアとヒズボラ(およびハマスやファタハ)との関係は、この人たち(とかアメリカの現政権とか) が言うほど単純ではないように見える。比較的中立そうなレポート (19-22ページ目くらい)からは、中東の大国ながら核開発疑惑でアメリカと真っ向勝負のイラン、 それよりずっと穏健でイスラエルとの和解交渉に応じる用意もあるシリア、それらと思想的に共鳴したり単に政治的に連携したり財政的、 軍事的に支援を受けたりと、時期によって関係に濃淡がありつつ付いたり離れたり、現在はかなり自律的に動いているヒズボラ、 という構図が描かれている。みんな一緒くたにして「悪の枢軸」にしてしまえば中での政治的な支持は得やすいのだろうけれど、 それなりの道義を掲げてイスラム世界で英雄視されるに到ったヒズボラ側の事情に目を閉ざしたままでは、事態の解消は進まないように見える。

子分の話を聞いて、こんな世界観の党の親分はいったいどんな恫喝屋さんなのか、と心配になってきた折、ジャアジャアが登場。 意外にも静かな口調で話し始める。

「今日はわざわざ来てくれてありがとう。この国は歴史も現状も恐ろしく入り組んでいる。何年も滞在した挙句、 なにも理解しないままで帰ってしまう外交官もいる。どうかその複雑さにめげることなく、理解を深めていってほしい。ここで起きていることは、 人類の豊かで深遠な経験の縮図だと思う。さて、質問があったら遠慮なくどうぞ」

一同、肩すかしをくらってしばし沈黙。2,3の一般的な政治情勢について質疑応答ののち、 みんなが聞きたかったことを1人が勇気を出して質問。「11年間の牢獄生活は、どんなものでしたか?」 ジャアジャアはしばし考えた後、 参加者ひとりひとりの目をまっすぐ見ながら答えを返してくる。「じつに豊かな経験だった」

エコノミスト誌だけが外界との接点だったこと。インターネットの登場、9・11事件、諸々をエコノミスト誌から知ったこと。 まったく見えていなかった世界の複雑さ、その相互依存な様に気付いたこと。毎日何時間も瞑想をして過ごしたこと。 自分が何者かということに理解が深まったこと。隔絶されて気を散らすものが何もない環境で、 自身の精神性をコントロール下に置くことができると気付いたこと。自分と他者とが、深いところで皆つながっているという認識が芽生えたこと。 ・・・云々。予想外の展開にみんなで目をぱちくりさせているうち、ジャアジャアは大事なミーティング(米国大使)が入っているとのことで、 30分くらい話してすぐ席を立ってしまった。

*  *  *

襲撃や暗殺の実行部隊のドンから大物政治家にtransformationしてしまった親分の、 パーソナルでスピリチュアルな話をじかに聞けたのはなかなか貴重だった。惜しむらくは時間が少なすぎて、 内向きの仕事の結果が外向きの仕事にどう波及しているかをまったく突っ込めなかったこと。でも思い返せば、 彼が冒頭にすこし語ったヒズボラへのアプローチも、彼の部下たちの単純な世界観よりだいぶニュアンスが込められた、 長期的かつシステミックなものだった。

参加者一同、なかなか感想を述べづらい様子で首を傾げながら要塞を後にするなか、 静かに盛り上がっていたのが自分を含めた3人のハイフェッツのTA仲間。「あの人PAL-164のクラスにいたっけ?」 みたいな冗談が飛び出すくらい、何やらピーンと来るものがある。

(若干内輪話になるが)歴代のハイフェッツTAの中でも、 卒業後もリーダーシップ開発に片足以上突っ込んでいる人達の思考のバックグラウンドには、ある程度の共通項がある。ハイフェッツ授業ふたつ (秋学期のPAL-101、冬の集中講座PAL-164)およびディーン・ウィリアムズ、春休みにKSGがスポンサーするHoffman Process(別名枕叩き合宿)、教育大学院のRobert Kegan、MITのPeter SengeやOtto Scharmer、 Boston CollegeのBill Torbert、この人達の共通の師匠であるHBSのChris ArgyrisやMITのDonald Schon、ハイフェッツの教育手法のルーツになったイギリスのTavistock Institute、集団力学の転換点を築いたKenwyn SmithとDavid Berg、等々。

これらの中のとくに個人の内面についての諸要素が、ジャアジャアの語った牢獄での11年間に奇妙なほど通じているように感じられた。 そして、ある意味自分の3年間にも・・・。エコノミストのかわりに授業の嵐と、瞑想というよりは迷走、 それから有り難いことに友人を通じた世界との接点が加わって、牢獄よりはだいぶ色鮮やかではあったが。

怖いおじさんと自分を重ねて考えるのはあまり気が進まないし、 具体的なところでは思考の経緯も到った結論もきっと全然違っていると思う。けれど、 以前は言語化どころか概念化もできなかったレベル感の話が、国も時代背景も仕事分野も思想体系もまったく違う人との間で奇妙に通じた、 ということに、少なからぬ驚きとちょっとした嬉しさを覚えたりもした。うーん、ほんと、もっと突っ込んで話してみたかった。

卒業旅行はまだまだ続く。

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