konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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ひさびさに日本考

先週末は「International Night」なるケネディスクールの多国籍風学園祭で、各国陣営が歌やら踊りやら、 自慢の一芸を披露。

日本勢の出し物は↓こんな感じ。

3年も留学生をやっていると、お国自慢イベントで一番作り込むのは必ず日本、という相場観というか、 変な勝ち癖のようなものがついてくる。・・・と言うとおこがましいのだが、 どんなに学生の本業が忙しくてもやっぱり凝らずにいられないのが日本人。同じくJoint degree3年目の非日本人連中からは、 「やっぱり、期待をうらぎらないね」とのコメント。

もちろん、日本人皆でわいわい準備する過程は楽しいし、観客が沸いて盛り上がるのも嬉しいし、 後からあちこちで声をかけてもらえるのも誇らしい。が、初めてそういうのを体験して「みたか、おちぶれたように見えても日本は健在なんじゃ! 」と喜んでいた頃と違うのは、いろいろ追加でややこしいことを考えてしまうこと。

初年度の出し物体験とか、 文化体験とかを今になって読み返してみると、 むしろ初々しく感じられたりもする。今回こういうのをやって、頭によぎるのはたとえば以下のような点。

(1)表面的感

今更アタリマエではあるけれど、日本文化紹介の出し物で見せているのは「ほんもの」でも何でもない。 みんなに分かりやすいように善玉と悪玉をはっきりキャスティングとか、さらに分かりやすいBGMつき (しかもオペラ座の怪人とかスターウォーズ)とか、冒頭の板割りで観客を黙らせて、最後はおすもうさんで落とそうとか、 忍者がまったく忍んでないとか、ある文化圏を代表して世界に示す視点からすると突っ込み所は満載。 「アメ人からすると忍者ってアクションスターだからなー」みたいな、観客への迎合感も満載。感想をきけば、「You were a good guy, right?」(やっぱり善玉・悪玉という認知フレームが最初)、「あのエキストラ・ダガーはnastyだった」 (二刀流って別段ずるいわけではない)、「So cute!!」(※浴衣の女性剣士でなく僕を評して言っていた・・・そうなのか??)、 等々。そうしたツッコミは引っ込めて、素直に「サンキュー、気に入ってもらえて嬉しい」と応える僕。

別段、それが悪いわけでもなんでもない。やってるほうも確信犯的だし、世の中にはそういうプレゼンテーションのモードもある、 というだけのこと。たぶん重要なのは、僕らにとっての異文化体験も、じつは同様に表面的なプレゼンテーションを通じての場合が圧倒的に多い、 ということなのだと思う。 武士道とは何かということに多少なりとも言いたいことがある日本人としてチャンバラを見せつつ頭の片隅で思うこととか、 もっと卑近な例では西海岸あたりでなんともクリエイティブな「(自称)Sushi」をみて僕らが思うこととかと同じような気持ちを、 ハリウッドとかマクドナルドが世界にばら撒いているものを見てアメリカ人が感じていたとしても何の不思議もない。 サムライとか寿司とかお茶とか神社仏閣とかの何たるかにこだわりがある日本人もそうでない日本人もいる (そしてそういうこだわりの有無や程度は非日本人から見ると分からない場合のほうが多い)のと同じように、 ニューイングランドに初代移民として入ってきたピルグリム・ファザーを先祖に持つ奴もいれば、 市民権運動を闘い続けてきた黒人家庭の奴もいる。そういう連中が「アメリカっていうのはほんとうはこういう国なんだ」と語る内容をきいて、 自分のアメリカ観が浅はかだったと恐縮してしまうこともある。そいでもって、古い理想と新しい現実のギャップに悩んだり、 新しい理想を描ききるのに苦労したりしてるのはどこの国でも同じだなあ、なんとかしたいと思ってる奴もやっぱりいるんだなあ、 と感じ入ったりもする。文化交流イベントも楽しいけど、そういう、集団の理想とか個人の志を交換している時のほうが心に響く。

日本の話も、見せ物モードから不意にガチンコの話に転じたりもする。自分はフェンシングをやっていたのだけど、という友人とは、 剣道とフェンシングの有効打突の違い、という話に。フェンシングでは先に攻めた方に攻撃権があり、 攻められたらまず防御してからでないと攻撃に移れないことになっている。「相手を倒すことより自分が生き残ることが目的なのだから当然だ」 という彼からすると、(両者打ち合っても)刃筋正しく打突し残心ある方が一本取る、という剣道は「理解に苦しむ」とのこと。 肉を切らせて骨を絶つ・・・みたいな話こそ、カミカゼ、ハラキリにも通じる、(非合理だが古くは理想とされた・いいように使われた) 「ほんもの」の話。

International Nightは今年がはじめての試みで、 こんなに国際色豊かなケネディスクールでこれまで無かったのが不思議、といわれたりもするが、 そういうものがなくても普段からガチンコ話をしているのがこの学校。 プレゼンテーションを肴に盛り上がるイベントはむしろビジネススクール的とすらいえる。くどいようだが、それが悪いとは決して思わない。 モードが増えて接点が豊かになれば再発見もあるし、何より楽しい。けど、 背後にあるものへの感度と好奇心と尊敬の念と建設的批判的姿勢も鈍らせないようにしたい。

(2)歴史感

例によって学校生活の節々に重低音を響かせるDean Williamsの異文化リーダーシップ授業では、 International Nightにも微妙な前フリを提供していた。先週の授業で扱ったのは「transition challenge (移行期におけるチャレンジ)」で、読み物では1章分がほぼ日本の明治維新に割かれている。 孤立政策から開放政策への移行期に、政治が混乱、経済が崩壊、内戦が勃発、と散々なことになった国は枚挙に暇がないが、 日本の明治維新は例外的にスムーズ。明治天皇が五箇条のご誓文を出したら全国の大名がさっくり領地を返上して平民に下り、 みるみるデモクラシーが流行って近代国家の建設がすすんだ、という不思議な過程をリーダーシップの視点から分析するウィリアムズ教授。 一方で、急激な変化への適応を拒む一部浪人たちは蜂起して西南戦争に散ったとか、 その矢面に立った西郷どんは今でも日本で尊敬されているとか、 散ったと思われたサムライスピリッツは日本が国力をつけるや否や軍国主義に形を変えてアジア中に惨劇を撒き散らしたとか、 その辺の話もきっちりカバー。頭の中がざわざわして中韓の友人の目をまっすぐ見れなくなるお決まりの弱点ポイントである。 そんな授業の2日後にサムライ劇をやっている僕もある意味確信犯。

舞台の前には、韓国人の友人Dがひょっこり控え室に姿をみせて、「じつは僕もむかし剣道やってたんだよね」なんて言う。一緒に出る?  というナイーブな誘いに、そんなことしたら自分の(韓国人コミュニティ内での)政治生命は終わりだよ、といって爽やかに笑うD。 なんていい奴なんだ。International Night以降、授業の文脈でつっこんだサムライ話はまだだれともしていない。 過去の議論を全部織り込んで毎回進展する授業なので、これから何がどう表出するかは楽しみでもある。

(3)文化的愛着(のなさ)

一見逆説的なようだが、表面的な文化のプレゼンテーションをして、歴史の文脈を省察したあとに残るのは、自分が日本 (および日本文化なるもの)にたいして持っている愛着ってやっぱり弱いなー、という自覚だった。いや、 僕だって和食は好きだしサムライもわびさびも好きだし和を持って尊しとなすのだが、そういう話ではない。 もっと根深くて前からぼんやりとは思っていたことが、ウィリアムズの授業でちょっとづつほぐされて言語化されつつある感じ。

たとえば直近の授業で印象深かったのが、オバマ氏がなぜ黒人有権者に支持「されない」か、という話。 人種差別と戦ってきたハードコアなアフリカ系コミュニティの人達から見ると、 親の代にアメリカに移民してきたばかりで市民権運動の歴史を共有できないオバマ氏は「似て非なる」存在。 そういう人に変化とか希望とか言われてもねえ、ということらしい(参考記事) 。前に書いた、同授業でみたパプアニューギニアの映画のジョーは、 原住民と白人のハーフでどちらのコミュニティにも心を捧げることのできない悲しい人だったのだが、その議論が再燃して 「オバマ氏はアメリカ版のジョーである」という指摘が出たのだった。

あるいは、先週のビッグニュースといえばコソボの独立。コソボ人の友人は「移行期のチャレンジ」 に絶好の話題を提供しつつ狂喜乱舞していたけれど、マケドニアで過ごした夏に散々目にしたとおり、 この地域のアルバニア人(コソボ人?)とセルビア人との確執は深い。セルビア人にとってコソボはセルビア正教の聖地でもあり、 中世セルビア王国の首都でもあり、14世紀に王国がオスマン帝国に敗れた地でもあり、民族の栄光と悲劇の象徴だ。 件の友人はアメリカに来て勉強してはじめて客観的史実を知ったといっていた。当地のコソボ人は違う歴史を教わって、 いま自分たちの国土を脅かすセルビア人は絶対悪と信じているのだとすると、 この先の平和構築には国レベルで苦痛に満ちた歴史解釈の見直しが必要になるのかもしれない。

要すれば人々を結びつける「文化」というぼんやりしたものの「ほんもの」っぽいところは歴史だったり、 それらが伝承される媒体としての物語だったり、誰が英雄とみなされるかということだったり、 それらを介して世界の中で自分たちをどう関連付けるかとか、何を問題とみなすかとか、何が起これば進歩とみなすかとか、 善く生きるとはどういうことかとか、何はできれば避けて通りたいとか、そういう世界観だったりする。自分にとってそれらに相当するものは、 心地よいものだけじゃなく痛いものもあるので、普段はなかなか意識に上らない。ぼやーっとしている塊を分解してひとつひとつ言語化してみて、 その由来を丹念に仕分けしてみると、それらの中には家庭固有のものもあれば、富山県産のものもあれば、 剣道トレーニングを介して注入されたもの、学生生活を通じて築かれたもの、個人的な人間関係からくるもの、M社のプロフェッショナリズム、 ボストンに来てから入ってきたもの、いろいろある。そこから「日本」というラベルを貼って差し支えなさそうなものを固めなおそうとしても、 あまりうまくゆかないのだ。

そんなことはひょっとしたら、誰しも同じなのかもしれないけど、オバマ氏の黒人有権者への訴えをみれば明らかな通り、 人に加勢してもらって何か難しいことをしようとするなら、相手と自分を結びつける何かがなくてはいけない(なければ構築しなければならない) 。別段政治に限らず、ビジネスだろうが開発だろうが学問だろうがそれは同じであって、分野を跨いで仕事をしたいとなればなおさらだ。 日本の役に立ちたい、とか思わない訳ではないけれど、行動を支える精神的支柱はどうも日本を中心に立っていない。もっとも、 この複雑で相互依存な世の中で、他の人に我慢してもらって日本が持続的に栄えるなんて方策はナンセンス。 だからといってコスモポリタンを名乗れるほど、多様な世界に晒されてきた人間でもない。人様と比べてどうこういう話ではないけれど、 たとえばウィリアムズ授業のTAの相棒は、崩壊前後の共産圏の国から資本主義圏に駐在した外交官の息子として育った人。 自分の国と世界に対する彼の目的意識には、人格形成期に2つの世界を行き来した経緯がちゃんとマッチしている。

*  *  *

先日、MIT Sloanのサイトにこんな紹介記事を載せてもらった。 インタビューされてもっといろいろ話した覚えはあるが、きっと発散しすぎていて書く人がまとめに困り、「日本からきて学びを日本に持ち帰る」 というモチーフになんとか落ち着けたのが見て取れる。実態がいかに中途半端でも、 やっぱり周りは日本人に対する期待をもって僕に接するのだろうし、自分は日本人であること以外に出自上の顕著な独自さを持たないのも事実。 それしかないのならそれを建設的に活用する策を考えるほかはない。そのための手段は、既にある結果に対する意味の後付けかもしれないし、 能動的な意味づけを意図しての選択的行動かもしれない。

そういう視点でチャンバラ劇を見直してみたりする。悪事(珍事?)に割って入るサムライであること、 仕事した後黙って後ろを向いてしまうこと、二刀流で皆を沸かせること、けっきょく斬られるけど美人剣士があとを引き継いでくれること・・・。 そういうことの1つ1つに、これから何か意味が生まれるようにも思えたり、既に何かを象徴しているようにも思えたり。 こういうふうに思考を発散させられる程度には余裕のある時間を、それはそれできっと大事と信じつつ過ごしています。

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こんな感じでしょうか・・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=pIob-eDT0-o&feature=related" rel="nofollow">http://www.youtube.com/watch?v=pIob-eDT0-o&feature=related

まっぴ~ | URL | 2008-02-29(Fri)04:51 [編集]


金平さん
お久しぶりです。
実は会社メールにも差し上げたのですが、
金平さんのブログをいつも楽しく読ませていただいていたら、
いつの間にか、ボストンに来てしまいました。
お知らせが遅くなってすみません。
半年間の英語研修に出ることになりまして、
今月・来月と、ボストン(ケンブリッジ)に滞在いたします。
学校はKSGと徒歩1分のハーバードスクエア、
寮はMITと近くのGreen Streetにあったり、
かなり近いのではないかと思います。
ちなみに昨日の昼食はKSGの向かいの「竹村」です。
来週月曜のHoward講演にも行きたいなと。
ということで、ブログを見ても大変な勉強の日々かと思いますが、
もし都合が合えば、ぜひお会いしたいな、と。
ご都合など、知らせて頂ければ幸いです。
連絡先は、161-7335-1732
yasushi.gunya@gmail.com
まで頂ければ幸いです。
郡谷

Gunya | URL | 2008-03-06(Thu)11:32 [編集]


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