konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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KSG的リーダーシップ(1)

秋学期の正規授業が始まってはや一ヶ月。孤独実験の好機と思っていたら、 そうは問屋が卸さないとばかり、怒涛のように人と会い続ける日々。去る人がいれば来る人もあり。誰が影で糸を引いてるのかと思うくらい、 絶妙なタイミングでびっくりする再会もあり。

何より、ケネディスクール・リーダーシップ授業のTA(ティーチング・アシスタント)の仕事が濃密。勤務時間が週30時間以上。。。 半ばフルタイムに近い。いきおい、多数抱えていた趣味的プロジェクトは取捨選択せざるをえない。時間・労力だけでなく気力・ 精神力の消耗が激しい。週2回の授業の直後、MITに移動してスローン一番人気の授業(Industrial Economics) に出るスケジュールになっているが、たいてい上の空で、前の授業のことばかり考えていたりする。

ふつうのTAとだいぶ違うので「何がそんなに大変なの?」とよく聞かれるが、仕事は大きく3つくらい。

1) 週二回の授業の前後に1時間づつ教授とミーティング

授業前には設計を、授業後には振り返り・ディブリーフィングをやる。この授業の運営の仕方はちょっと特殊(筋書きも教材もなし。 受講者同士の対話+教授がたまに介入)。一見すると勢い任せに見えるが、じつは注意深く皆の状況をみていて、 授業を更なる混沌に陥れて緊張を高め参加者を追い込むのか、構造化して学びを高める態度の形成をはかるのか、教授が毎回判断している。 TAは授業の中で起きたこと、小グループセッションで起きていること(後述)、授業の外で学生同士が話していることも含めて、 判断材料を提供し解釈を手伝うセンサーの役目を担う。

2) 学生が毎週提出するペーパーの採点およびコメント

週2回の授業に加えて、履修者は8人づつの小グループに分かれて毎週ミーティングを持ち、全員が持ち回りで週1回づつ、自分の 「リーダーシップ失敗のケース」を披露。授業で教わるリーダーシップ分析の枠組みに沿って失敗の本質を皆で分析し、代替案を提案する。 授業2回のうち1回では小グループがランダムに1つ選ばれ、その週の発表者が小グループで話した失敗談をクラス全員の前でも発表、 これまた皆で分析する。これらの分析内容と、さらには「ケースを分析する」作業をチームでやる際のダイナミクスを分析し、 3~4枚のペーパーにまとめるという宿題が毎週課される。

ケネディスクールだけでなく、ビジネススクール、ロースクール、教育大学院、公衆衛生大学院、 神学学校といったハーバード中の学生が集まる人気授業だけあって、120人程の履修者はじつに多彩。途上国を含めて世界各国出身の、民間、 政府、非営利、軍人、医療従事者、マスコミ、宗教従事者、など諸々いる。さらには、1/3位はミッドキャリア (40~50代がほとんどの1年制プログラム)の経験豊富な学生やフェローと呼ばれる訪問研究員の人達。 大臣とか司令官とかシニアな国際公務員みたいな人もいて、経済が崩壊する話とか人が沢山死ぬ話とか、 しゃれにならない失敗のケースも出てくる(政治的にセンシティブな話、公にしたくない個人的な話も出るので、 授業で話された内容は門外不出という掟になっている)。歴史や宗教や社会問題に絡む重大論点には、 だいたい当事者国から来ている学生とか過去の傷を刺激される人がいて、感情が交錯し思想が対立し、分析どころじゃなくなるのも当たり前。

ケース当事者を攻撃したり、過度に共感したり慰めたり、 はたまた目を背けたり話題を逸らしたりする学生を容赦なく問題の核心に追い込む、 また防衛的になったり正当化を試みたりする当事者を戦略思考の枠組みに引き戻してあげるのが授業の中での教授の仕事 (TAの仕事でもあるが容易ではない)。酷いようだが、ケースに直面した学生の混乱、 本人のジレンマや周囲に反応して態度を硬化させる様はケースの中身の状況をほぼ再現していることが多い。 教室の中でさえ冷静沈着に状況分析と建設的提案ができないようでは卒業して現実世界に戻っても同じ失敗を繰り返すだけだ。 そんな授業の設計思想から、学生は大教室でも小グループでもおおいに苦悶し内省し、今回のセッションで達成できたこと、 できなかったことを振り返り、渾身のペーパーを毎週提出してくる。

120人はひとりで看るにはさすがに多いので、TAチーム(6人!)が仕事を分担する。自分は8人の小グループ×3で24人を担当。 ペーパーを読むと、ミーティングで8人が1つの問題に取り組み、同じ現象を見て、ここまで受け止め方、 解釈の仕方が違うのかと毎回驚かされる。他の人には見えていない裏のテーマや感情の機敏、状況に隠された伏線を察知し、 的確に行動できる人がいる一方、見えていない人、振り返る段になっても感情に呑まれたままの人、対立を内在化して悩んじゃう人もいる。 いずれにしても、努力の跡が見られるペーパーに誠意を持ってコメントを付けたいし、理想をいえば授業やミーティングでの混乱を学びに変えて、 次のレベルに到達することを助ける、思考を喚起するフィードバックを返したい。 注意深く全員分を読み比べて自分なりに分析しないとコメントも採点もできないので時間がかかる。 毎週24人分で週末の半分+平日半日2回ほど。

(3)オフィスアワー

担当する学生の申し出に応えて個別面談。今日は3人会った。内容は、ペーパーへのコメントや採点に関する質問、 授業の内容で困っていることの相談、自分のケースを来週プレゼンするので準備を手伝ってほしい、等々。・・と書くとあっさりするが、 内容の性質上やっぱり濃い。歳も経験もだいぶ上の人も多いので、こんな若造に何ができる、という姿勢が見え隠れすることも当然あり。 コメントに過敏に反応されることもあれば、悩みなり敵意なりを投影されることもあり。1時間ばかり話して、 とても感謝してもらえる時もあれば、やっぱりうまくいかない時もあり。

TAに対する懐疑心や、ほぼカリスマ扱いされている教授(この授業を教えて25年目)と違って素人の学生に過ぎないTAが採点、 評価をする権限を委譲されていることの正統性についての疑問は、個別面談を通じてだけでなく、大教室での授業でも口にされ、 議論の題材になる。この件に限らず、「権威への反抗」は授業の頻出トピックのひとつで、 これに敏感な参加者が相応の背景を抱えていることが分析の対象になる(例: 家族をヨーロッパ人に蹂躙されたアフリカ旧植民地からの留学生が権威的に発言する白人学生にほぼ必ず反応する、あるいは日本人と中国・ 韓国人の関係、等)。クラスの中でもケースの中でも、反感を持つ側は自己認識の甘さからくる半ば反射的で無益な行動が、 反感を持たれる側は状況認識の甘さが、リーダーシップの失敗の原因の1つだったりする。 たとえば途上国への大規模開発融資プロジェクトが頓挫、みたいなケースには、現地と開発機関職員との間での生活文化・ 価値観の衝突とか官僚組織の遅さや現地政府の汚職なんかの背後に、歴史の恨みつらみに端を発する白人押し付け政策への反感みたいなものが (クラスの黒人学生のケースへの反応を通じて)見えてきたりする。

発表される失敗談だけでなく、それを分析するクラスや小グループのダイナミクス、果てはTAとの関係も分析対象にする・・・ 「この授業での出来事はすべてケース」というのはそういう意味。学びの材料を提供するために、教授もTAも境界を引き、 嫌われたくない誘惑を抑え、各々の役割を「演じる」ことになる。そこでTAも実験して混乱して学べ、そして、 辛い仕打ちをする人はあなた自身でなくTAという「役割」に反応しているだけだから、相応に受け止めておけ、とは教授の弁。(因みに、 教授はビジネススクールの「あらかじめ書かれた」ケースに対して、「ゾウやウシの親が食べ物を一旦食べて消化して、 もどして子供に与えるようなもの。現実世界のリーダーシップチャレンジがそんなに理路整然としてたら、苦労はない」とかなり辛口)

履修者の中には同級生も友達も当然いる。TAが特に仲の良い友人を受け持つのは酷な局面も多いので、 学期初めの担当決めの際はTAが6人であーだこーだ言いながら割り振るのだが、やっぱり完璧はない。それで、 この学生は前回の授業の議論で血祭りになった後に外でこんな状況になってるとか、 ペーパーを読む限り小グループのセッションでもまたやっちゃってるとか、じゃあ誰がどんな話をしにいこうとか、 僕からこういう話はしにくいとか、それなら教授が大教室でそれとなくこう振ってみようとかいう話を、授業前後の舞台裏でやることになる。 TAと学生の関係はナイスにとどまることもあれば、衝突や不信が生じることもある。チームを代表して1人がTAに接近し、 自分のチーム内での権威に利用しようとする向きもある。ややこしい話を沢山するうちに仲良くなることもあろうが、 権威の境界を越えて異性の学生と不適切に仲良くなることは戒められている。なんとも現実世界の縮図。

 


 

6人いるTAのうち、ふたりは教育大学院の博士課程で大人の発達心理とかコーチングをやっているし、 もうひとりはケネディの同級生ながら心理学の博士で臨床心理の経験もある。そんな顔ぶれに、 僕みたいなド素人の外人を入れてくれた教授の度量に感謝。あと2人はフランスのロケットサイエンティストと、 ラテン系サッカーチーム女性創業者。みな、去年この授業を一緒に受けた面々。もっといろんな志願者がいただろうに、 これもDiversityに振ってみるという教授の実験か。

MITとハーバードの最初の2年間で、いちばん影響を受けた授業がこれだった。すごく面白いとか目からウロコとか、 ツールとして是非仕入れておくべきと思った授業は沢山あるが、この先生が教えようとしていることを本当にマスターしたい、 と思った数少ない授業の1つ。知識とか技術でなく自己認識とか志のレベルで、 教室の内外でtransformativeな体験をもたらしてくれた授業。でも、受講していた時は半年混乱し続けて、 いまだに答が出ていない問いも沢山あるので決着をつけたい。また、自分の学びもさることながら、 いちおう分析に基づく助言で飯を食ってきた者としては、受講者の役に立つTAの仕事もしたい。

あと2.5ヶ月、それなりに他を犠牲にしつつ力を注いで、それに見合った経験ができるかどうか。そのうちまた続きを書いてみます。

(履修している・していた友人たちのブログ:気合@ HarvardケネディスクールからのメッセージCoast Starlight・・・ついでに、授業シラバスはここ

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