konpe's 夜の仕事記

民間セクター開発、BoP、Clean Tech

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1年前に考えていたこと

スティーブ・ジョブズが亡くなった。

人生の1日1日を大事にしなければ、と改めて心に刻んだのと同時に、転機を迎えてからのこの1年はどうだったか、と思い返した。

同期達と妙にこの感覚がマッチした。同期達に負けず劣らず頼もしくエキセントリックな後輩達が入行して益々面白くなってきた。志を同じくする日本から着任したての同僚とゆるり語り、また1年前の自分を思い返した。この1年は@konpe_の発信はしていたけど、じっくり座って振り返りながら書く、ということを全然していない、と思いながらTwitterをみたら@InsideCHIKIRINが超優良企画、退職挨拶メール集をやっている。・・・と、色々重なったので以下、自分のを掘り出してみました。差し障りのある所は一部改変。

 


 

貴重な経験を沢山させていただいた、と思っています。

McKに最初に入った2000年、日本のモバイルが世界最先端だった頃、1年●●に入りっ放しで新製品、次のプラットフォームサービス、更なる成長、と地平を切り拓いてゆく企業のダイナミズムを肌で感じました。PracticeOlympicでは「海外キャリアは●●から何を学ぶべきか」で日本初でglobal finalに出してもらい、Firmのナレッジのしくみを垣間見る機会もありました。インドの財閥系キャリアが初の全国インフラとあわせて●●をまねたサービスをつくる、というスタディに送り込まれることになって喜んだ矢先、渡航前日にパキスタン国境で核実験が起き、涙を飲んで諦めたりもしました。

(家電系▲▲)全社ブランド、(自動車系■■)次世代通信事業、(製薬系××)臨床開発、と立て続けにやって、一流のクライアントを超一流にしようとする(三流を二流に近づけるのでない)仕事の醍醐味そしてプレッシャーを骨の髄まで味わいました。(公共交通〇〇)のゼロワン民営化スタディで、無いところから創ってはじめて経営というものが何となく分かった気になりました。「★★省の圧力を排して収益を生まない☆☆への巨額投資を止めることは、民業経営に移行するための踏み絵だ」というED仮説(?)に逆らって、※※導入による**利用者つなぎとめの収益インパクトを夜な夜な勝手に分析し、効果をproveして呆れられつつ一人で提言したりしていました。

Fact baseでanalytical drivenで、independentperspectiveがなければ存在価値も無い、と、いくぶん偏った仕事観が、こうして知らず知らず、自分の一部になっていったのだと思います。チーム全員倒れてもこいつは死なない、という名誉な(?)称号を貰ったのもこの頃でした。日本の技術産業復興が自分のテーマ、と深い考えもなく決めて、ある意味一途にやっていました。

3年半の留学・休職で仕事観は転換したのだと思います。また、違った環境で仕事する経験にも恵まれて、世界観がだいぶ揺さぶられました。

ボストンで、技術、ビジネス、政策、と違う分野の学校を行き来し、学外でいろんな活動や事業に関与したり設立したり運営したりするうち、所属先をもつ組織人、という感覚は薄くなりました。自分を前進させる・自分が価値をもたらせるプラットフォームを複数もってポートフォリオを組み、国籍や組織名やその他カテゴリを通して他人がもつ期待から多少は自由になって、個人の志とか主張を自覚するようになりました。また、そうしたものを共有する相手とは他の隔たりがどんなに大きくても協業できること、インパクトをもたらす仕事はじつは国も組織も超えたそうした協業のネットワークから生まれることを体感しました。興味が技術や数字から人や社会に移り、知らなかった仕事の仕方をひたすら求めました。楽器を弾くように自分の言葉と声と体を使え、オーケストラの指揮者でなくジャズ奏者のように集団力学の中で即興しろと教わりました。

この上なく知的に恵まれた研究拠点、それを取り巻く産・官・市民社会の輪に出入りし、国連・世銀といったミッションと非効率と政治的緊張の宿命を併せ持つ組織で勤務して、今日の世界の現実とチャレンジを見せ付けられました。人類の平和と繁栄を賭けた世界の課題解決のフロンティアに世界の人材と知識と資金が動員される一方、日本への関心は益々薄れてゆく中で、外の文脈から切り離して日本を主張しても何にもならないのだと身に沁みました。卒業直前にコソボという独立国が生まれ、焼け野原からの再出発という環境にたまらなく身を置きたくなり、3年の休職を更に延ばしました。日本人は働いていないことになっているEU代表部のコソボ支部で、戦車とすれ違い銃声を聞きながら、投資誘致・産業育成と民族融和という風変わりな仕事でひと夏を過ごしました。

先行き明るいと思えた担当事案は、ロシアのグルジア侵攻でコソボの独立地位が危ぶまれて消し飛びました。別の案件を仕込んだ矢先に起きたのがリーマンショックでした。一国の繁栄がいかに周囲や世界の安定と繁栄に依存しているかを身をもって知りました。他方で、よく接触していたドイツのエネルギー会社はコソボのEU統合を見据えて、CO2貯留技術を手元にしまったままコソボにある欧州最大の炭鉱の開発を進めていたりもして、国なんて枠組みを超えていかに長期に世界の課題に関与するかが、企業の成長力の決定要因になってゆくのかもしれない、と予感したところで夏が終わりました。

ちょうど2年前に帰国、復職して今に至ります。志と仮説を持って能動的に帰ってきたつもりが、経済状況もオフィス状況も、必ずしも自分が目指すところと合致しない状況がしばらく続きました。

東京オフィスが変わった、ということへの感情の反応と、それ以上に世界が変わり、クライアントが変わり、ビジネスとしてのコンサルティングの成功要件も変わった、という理性の反応がうまく折り合わずに当惑していました。技術寄りの仕事を以前と同様に楽しみつつも、社会寄りの情熱はMcKで出口を見つけられないまま、社外の活動で追求するようになりました。

社会寄りの課題意識-とくに日本で資源を集中的にもつ民間・私的な主体が、いかに地球規模の公益に資するか-は、人の縁、勝手にやった個人プロボノ、運、などの結果、2年たって奇しくも同時多発的に実を結び始めました。辞めていきますが、McKが魅力的でなくなったとは全く思いません。自分を指導してくれた、今後も一緒に仕事をしたいと思う方々も沢山います。クリーンテックが盛り上がり、TMTからA/Iがわかれ、CCSIがSRPになり、自分のアジェンダを追う環境がまさにできてきた、とも思います。それでも辞めるのは、自分のアジェンダをさらに追える環境が外にできた、あるいは自分でそのような環境を作れる時期が来た、からに他なりません。

9月12日より、ワシントンDCの世界銀行本部に勤務します。
途上国開発のフィールドへの方向転換ですが、慈善とか支援とかをしに行くつもりは毛頭ありません。プロフェッショナリズム、ディシプリン、イノベーション、only McKinsey can doの精神をそのまま持ち込む所存です。マッキンゼーにいてさえ、状況が人を官僚的にしうるのと同等には、国際機関にいても起業家的な自身を保つことは可能なはずと信じています。

Young Professionals Programという、毎年1-2万人の候補者から40人選び15年かけて副総裁に育てるパスの入り口に立たせてもらい、最初の仕事は新興国政府向けを中心に、エネルギー部門など産業振興や投資誘致、科学技術に関する政策提言です。自分が世界にできることを精一杯試したい、と考えています。

あわせて、まずは日本を本拠地にsoket (http://www.soket.me)という非営利法人を立ち上げ当面は代表を務めます。日本の強みと弱みの両方を体現する技術系大企業の中で新しい世界に適応しようとするエネルギーに満ちた若手が、普通にやったら職場で抵抗に遭い潰されてしまうようなアイデアを、勝手に職場外で作り、本業組織の壁を越えて皆で育て、練度が充分上がった所で職場に持ち帰って主流化する、イントラプレナーという仕事アプローチを打ち立てるための互助組織です。先行き不透明感が高い日本で、すこしづつ見え始めた変化ののろしを飛び火させ大火事に仕立て、その過程を通じて事業そのものというよりも人を創っていくことが、日本の外をフィールドに選んだ僕にとって、日本への恩返しでもあります。また、強烈な内向き重力に晒される大官僚組織に勤めるなかで、信ずるところを見失わない一方で過度に異端児にならず生存しようとする自分自身がきっと近いうちに必要とする、志を共にするもの同士のピアプレッシャーとインスピレーションに満ちたコミュニティに育てていきたいと思っています。

不思議と、別れという感じがしません。ここにいる殆どの人が何度も経験する転機が僕にもやっと来たというご報告、これからも末永くご一緒させてください、というお願いの気持ちでここまでを書いています。ワシントンにお寄りの際はいつでもご連絡下さい。日本にも頻繁に来ると思います。この場で皆さんと時間を過ごす事ができたことに感謝します。再会を楽しみにしています。

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誕生日にボストンに来た。

33歳になりました。いろんな媒体経由でお祝いメッセージを下さった100人位の皆様方、ありがとうございます!!

なつかしの地ボストンに、もうかれこれ2年半ぶりくらいに来ています。

3年前の誕生日に、ボストンで書いた日記(→過去記事)をレビューしてみる。迷っていたことがよく分かる。一方で、ぼんやりこんな感じになるんじゃないか、と思っていたことが、ことごとく具現化していることに驚く。5年後くらいにやりたい、と思っていたことが、2年前倒しでやれていることにも驚く。ビジョンの力ってすごい。それを一緒にひたむきに追求できる仲間に出逢えたことって、ものすごい。

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soketお披露目会

先週末、国連フォーラムのオフ会の場をお借りして、soket大々的お披露目をしました。

UNForum 

発表の模様は、じきにUN Forumにアップされる見込み。若干フライング気味の、こんな→記事も出ました。日経BP! ほかにも色々反響あり、まずは手応え充分です。

明日からまたバングラデシュにて、soket現地立ち上げ活動です!

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転機・soket始動

ぼちぼち転機です。2つばかりアップデート:

  • 昼の仕事:9月から、マッキンゼー辞めてワシントンDCの世界銀行本部に移ります。

これは、YPPという変わった入り口、毎年2万人の応募から40人選ぶらしく、今年唯一の日本人とのこと。博士なし現場経験短し政策実務なし、という人は普通いないんだけど、あとで聞いてみたら、なんか面白いから試しに採ってみた、とのこと・・・。でもやっと、本業で途上国開発に打ち込む時がきた。

  • 夜の仕事:あわせて、soket というベンチャーをまず日本を拠点に、でも初年度から世界展開で建築中。

特定非営利活動法人なんですが、日本で「NPOやっています」というと偏った反応が来ることが多いので(あー、ボランティアで身をけずって、大変ですね・・・みたいな)、『ベンチャー』と言うことにしてます。企業が新興国・途上国で成長フロンティア拡げるお手伝いをしつつ、地球規模の課題解決にイノベーション起こしつつ、志あるプロフェッショナルが集って『夜の仕事』で人材プロデュースする、という会社。

Webサイト:http://www.soket.me あと、ちょっとは小出しに頻繁に発信しよう、ということで、おっかなびっくりTwitterも開始です。@konpe_です。

ここ数ヶ月、アドレナリン出っ放しで走り回ってます。日々楽しくなる一方。こんな感覚、久しぶりかも。

日本滞在はもう残り少ないですが、どしどし遊んで下さい。向こうの皆様方、また宜しくお願いします!!

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再起動

大変ご無沙汰です。更新は半年振り。

夜の仕事の転回・大展開に向けて、ここ3ヶ月位、奔走しています。案件候補が増え、仲間が増え、組織らしくもなり、楽しい限り。昼の仕事も転機かな・・・。ぼちぼちリリースし始めますので、お目にかかる皆様どうぞ宜しく。

手始めに、こんなところのパネルでしゃべります。これが初のお披露目になるかな?

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